Moonlight scenery

     The feast in the summer...
 


 さすがに昼間の陽射しは相当なものだが、海沿いでありながらも乾いた気候が由縁してだろか。青々としたオレンジの葉を揺らす、潮の香を乗せた風も涼やかに、陽が落ちれば随分としのぎやすくもなって。大理石の柱が支える巨大な四阿(あずまや)のような構造、壁のない開放的なパティオ、その名も“西夏の宮”と呼ばれる広間には。純粋に夏場のバカンスを楽しむためにとこの国を訪れたクチ、それでも各国各界の大御所や大立者の皆様が、優雅にほがらかに、談笑やダンスに興じておいで。

  ―― 盛夏恒例の、月を愛でつつ暑さを忘れて涼む宴が
      今年もまた、ここR王国にて つつがなく催されており。

 地中海の端っこ、ちょこりと飛び出した半島と、それを取り巻く諸島が幾つか。国連にも加盟している、他にも様々な連盟に名を連ねているけれど、それでも あまり広く遍
(あまね)くとまでは名を知られていない国。歴史も古く、今時には珍しい王政国家で、世界情勢へも中立を保ち続けていて。小さくて、それでも農業漁業における自給率は高いので、観光以外の産業があまり発達しておらず、風土も国民性も長閑なまんまの穏やかな国。先進の技術に無縁なというほどの後進国や途上国ではないけれど、積極的に名を挙げよう、お客を呼ぼうという招致・誘致活動をすることはなく。それというのも、ほどほどの豊かさに満たされたまま、長く世情を見て来た立場から得た教え、欲をかくとロクなことはないという教訓を、代々の王が厳守して来た、何とも天晴な国であったこととそれから、

  ―― こんな素敵な楽園を、多くの人に知られて踏み荒らされたくはないと

 そんな風に思う層が 諸外国にずんといて。想いが同じ顔触れは、さして何も言い合わずとも意が通じ合いもするのだろう。わざわざの箝口令をしかずとも、ここがどれほど無垢で清かなところなのかは、ひた隠しにされ続け。そんなこんなな思惑が、錯綜し合っての作用し合ったその結果、いつしか特別な人々のみに独占されたリゾート地のような感さえ、漂い始めた今日このごろだったりもするほどで。そうともなると、ここを独占したいとするのは、何もセレブとやらには限らなくなる。その身が危険と目されている活動家の隠れ家にもされかねずで、

 『勿論のこと、
  そんな火種を無条件に受け入れちゃあいないのだけれど。』

 強く否定しないのは、思想による選択をしていると言いたいのじゃあなくって、そんな危険が生じぬようにときっちり対処が取れているから。そしてそうであることを、ご贔屓さんほど承知でおいででもあるからで。そうそういつまでものほほんと、地上の楽園だのお花畑だのと言われることに甘んじていた訳じゃあない。これは国民にも知られてはいないこと、王家の一族とその周辺の側近家系のみで、代々脈々と受け継いで来た秘密のお顔というのがあって。世界中の様々な“情報”を、常に最速で入手して来た仕組みや技術に長けており。しかもしかもそれらを切り札としての駆け引きに於いて、常に勝って終えるよう、場を牛耳る能力がこれまた抜群と来て。もしかしたらば希代の山師の血統なのかも知れぬとは、何代前の王の言いようだったやら。

 『先見の明があった…ってだけじゃあ、
  納得されないかもしれませんね、確かに。』

 鳴かぬ猫ほどネズミを捕るとか。表向きには単なる長閑な小国を装って、そのくせ、世界という天下を分けるほどもの大きな諍いにさえ、意に染まぬからとどちらにもつかず、傍観者で居られたのは何故なのか。


 “そーいうややこしいことは、シャンクスやエースの分担だもんな♪”

  俺には、関わり…はあるのかもしんないけど、
  権限なんて無いし、貰いたくもねぇし。
  こういう面倒な集まりにだって出てるんだもの、
  役目はちゃんと果たしてるじゃんか…と。


 何やらその内心にて もしょもしょ呟いてた誰かさん。この宴の主催者側、もてなし役の一人ということで、つるバラで飾ったゲートにて、来賓の全てへご挨拶し、愛想もたっぷりと振る舞ったのだから、それでもうもうお役は御免じゃんかとの、ちょっぴり勝手な判断の下。会場内でのあらためてのご挨拶もそこそこ、人の入り混じる雑踏状態なのをいいことに、そこへと紛れて面倒から逃れようなんてな不心得を構えた誰かさんが……。



 「…ナミさん、やられた。」
 「なに?」
 「ルフィがロイヤルポジションに居ねぇ。」
 「な…っ。あんの子は もぉ〜〜〜〜っ。」

 表面上はそりゃあそりゃあにこやかに、ワールドクラスのユニバース・コンクールに出られるだろう、飛びっきりの美貌をほころばせてのお愛想を振り撒きながら。その合間にと、小声でそんなやり取りを交わしていたのは…誰なのかなんて、今更言う必要もないかもですが。
(笑) R王国 第二王子こと、外務省 特別外交大使、ルフィ殿下のお姿が会場内から消えたという情報へ、こういう口利きで対処できるお歴々と言やあ、お傍づきの筆頭、隋臣長のサンジさんと、秘書官のナミさんしか居ないってもんで。王子のおわす翡翠宮を、日常の運営においても立場上においても とどこおりなく回す左右の轍。天真爛漫な王子の、天真爛漫じゃあいられなかった折のお顔もよくよく知った上で、支えとなったり手綱を取ったりに奔走する毎日を送っておいで。職務へ役立つこと、王子のためになることをのみ、こつこつと吸収しつつ、いつでもいつまでも、殿下のお傍にあることを、誰から言われるまでもなくの自分で決めた、そりゃあ心強い腹心の皆様なのだけれど。だからこそのことだろか、御主である王子本人へも遠慮がなかったりするのが、……まま、それで均衡が取れてると言いますか。(苦笑)

 「一応、ウチの内宮の女官の皆様が場内を捜し回ってくれてますが。
  …あ、どうもこんばんわ。」
 「ゲートは?
  …これはお久し振りでございますね、S殿下。」
 「警備課の警護陣がびっちり詰めてますんで、外へは出てません。
  …ようこそ、どうかごゆっくり♪」
 「そうよね。
  華皇の間においでの陛下と会談中のK閣下のご子息がいたんだっけ?」

 それでなくとも、夏のリゾートとして各国のやんごとなき筋の方々が集う、半端じゃないレベルの社交の場でもある宴なだけに。いくら長閑で安全なと謳われている国であれ、その警護は国境から王宮周辺に至るまで、高い水準のものが徹底しており。そんな防壁は同時に、悪戯坊主が脱走するのだって、水際にて防いでくれてもいて。

 「よぉっし。となれば、また“あの手”で逃げ出すつもりに違いないから。」
 「あの手が成功したの、一度だけですよ?
  …J妃親王殿下じゃあございませんか、どうぞごゆっくり。」
 「そ・れ・で・も。マイク貸して。」
 「ほい来た。」

 こちらも来賓たちが放ってはおかない美形の二人が、器用にもお客様がたを捌きながらの意見交換を交わしたのちに。清楚ながらも一応はセミフォーマルの宴にそぐうそれ、タイトなデザインが豊かなことを却って偲ばせる胸元へ、シフォンのフリルが流れるように添うという、ワンピースタイプのドレスも優美に、少々大ぶりのハンドマイクを手渡された、佑筆こと秘書官のナミさん。みかん色した さらさらの髪、ピンライトの輪の中につややかに光らせながら、それは優雅に一礼すれば。BGMにと奏でられていた小夜曲も、そのボリュームを下げられて。

 【 ご来賓の皆様方、楽しんでいただけておりますでしょうか?
   歓談中の皆様には、不意なご無礼をお許し下さいませ。
   我らが主
(あるじ)、ルフィ王子が用意した、
   ちょっとしたサプライズゲームを始めさせていただきたくて。】

 嫋やかな笑顔は社交界でも知らぬ者のないという、美人秘書官の伸びやかな声には誰しもが聞き惚れたし、

 【 皆様にもお馴染みの、我らが王子が、
   只今 会場内のどこかへこっそりと身を隠している模様。
   変装・扮装しているやも知れませぬが、
   やんちゃで腕白なルフィ王子のことゆえ、
   給仕や警護の者への成り済まし、そうそう保
(も)つものとも思われませぬ。】

 ここで場内がどっと沸いたのは、それほどに幼いところがよくよく知られた王子であったからで。そこへと畳み掛けたのが、

 【 さあ、捜して下さいませ。
   見つけて下さった方には、
   そうですね…私どもにて贖
(あがな)える範囲で、ご希望を何なりと。】

 「…え?」

 マイクが微かに拾ってしまったほどの仰天声をうっかりと立てたのは、傍らに立ってやはりニコニコして見せていたはずの隋臣長殿だったりし。
「ちょ…ナミさん。いいんですか? そんなこと勝手に言って。」
 こういうことへは耳聡い皆様なだけに、あの場でだけの冗談でしたじゃすみませんよと焦った彼だったらしいが、
「私どもにて贖
(あがな)える範囲でと、お断りは入れたわよ。」
「それでも…。」
 こんな程度も贖えないのかと、逆ねじ食らわす えげつない人だって、上品に構えつつも少なかないんですってばと。何をどう案じたものか、金の髪の陰から真っ直ぐ見据える眼差しもハラハラと揺れていて、落ち着きのない様子を呈していたけれど。

 「だ〜いじょうぶよ。」

 妙に自信満々な態で胸を張った佑筆様、

 「誰かが何をか言い出して、それがどんな事態を運んでも、
  結果として一番窮地に立って困ることになるのはルフィでしょ?」
 「な、ナミさん?」

 無理強いを言い出され、その責任を取るのは誰か…となると、まま確かにそうではあるが。言うに事欠いてなんてことをと、周囲の皆様が楽しげに沸いてる雰囲気を感じつつ、ますます焦った様子となったサンジの細っこい背中を、景気づけのようにばしばしと叩いてから、
「そうなっちゃ困ると、ちゃんと理解できる誰かさんが、一枚咬んでるはずだから。そうで無いなら無いで、今からだって必死の闇雲に動き出しての、誰より先に見つけ出すんでしょうし。」
「………あ、な〜る。」
 つまりは“共犯者”を揺さぶった訳ですねと、やっとのことで真の魂胆が判ったもんだから。胸を撫で下ろすと同時、そろりと周囲を見渡した隋臣長殿。問題の“彼”が、そちらさんもまた定位置にいないことへと気がついて、
「奴っこさん、今、慌てて連れ戻しに行ったらしいですよ。」
「やっぱりね。あいつの融通が利くところに隠したっていうならば、警備のどっか。場内の当番から、徐々に外へとずらしてくって腹だろうから…。」
 自分たちへの要望ともなれば、下手すりゃあどころじゃあない確率で、デートだの交際だのを申し込まれる可能性だって大有りだってこと。自分が出した条件が“諸刃の剣”だったことくらい、ナミさんの側でも先刻承知。とはいえ、

 「先に見つけりゃあ問題なしっ。」

 などという、いささか乱暴な策を大威張りで選んだ辺り、ここの気風にそこまで染まった彼女だったということだろか。
(笑) まま、そういった辺りの考察も、のちのちゆっくり構えりゃいいとして。
「行くわよ、サンジくん。あいつが運用担当した配置ってのは、ルフィを守るためのそれなんだから、区域も限られてる。」
「はいっ、ナミさんっ!」
 陽動作戦を仕掛けた側とて安穏としてはいられない、なかなか楽しいサプライズゲームが始まってしまった場内のざわめきの中へ、言い出しっぺの二人までもが飛び込んだなんて、前代未聞のアトラクションじゃあなかろうか。
(う〜ん)





  ◇  ◇  ◇



 最初にご紹介したように、四阿のようなホールを中心にしての、開放的な、ある意味でガーデンパーティーのような宴だったので。何が始まろうと全員が引っ張られることもないままに、その穏やかさは立ち去らず。さすがに重鎮クラスの皆様は、若い人たちは活気があっていいねぇと、あちこちワクワクと捜し物を始めた面々の屈託ない様子を微笑ましげに眺めておいで。ちょっぴり騒然となったのを丁度いい隙と見てか、いい雰囲気となったカップルが、空き部屋や人気のないところを探してだろう、手を取り合って足音忍ばせ、場から離れてゆく気配もあちこちに拾えて。こういうことへは身分や育ちの違いもないもんなんだねぇと、誰かの御付きの方だろか目線だけでそれを追い、腹の中で苦笑を噛み潰していたりもし。

 「ご希望を何なりと、ですってよ?」
 「じゃあ、私はサンジさんと一晩お話ししたいわぁvv」
 「あら、お話しだけ?」
 「やんやんやん、言わせないでよぉvv」

 こちらではちょっぴり冒険心を抱えているらしきお嬢様たちが数人ほど、料理や給仕の通り道であろう、殺風景な通廊へも踏み込んでいて。クスス・キャラキャラという、華やいだ笑い声が通り過ぎ、壁の一部と見なされていた警備員が、ぐいと突っぱらかすように伸ばしてた背条を、ほ〜〜っという溜息を零しつつも緩めたその拍子、

 「…おい、ルフィ。」
 「どぉうわっっ!」

 あまりに絶妙にも思わぬタイミングだったらしくって。姿勢を正し過ぎての ごつんこと、壁へ頭を打ちつけてしまった新米護衛官が、涙目になって声を掛けて来た相手を見やる。
「何だよ、ゾロ。出られるまで名前で呼ばねって言い出したのはゾロの方だろが。」
 それとも段取りが変わったんか? だったら許すということか、後ろ頭を撫でながらも、てことこのんびりした足取りで近寄って来た、これって立派な就業違反の部下へと向かって、
「それどころじゃねぇって。」
 こういう場での警護の正装。日頃のシャツにネクタイってだけじゃあなくの、かっちりしたジャケットも羽織っていた特別護衛官殿が、機敏な足取りで駆け寄ってやり、

 「ナミが気づいての手を打ちやがったんだ。ロイヤルポジションに戻るぞ?」
 「ええ〜? じゃあ失敗かよ?」

 そんなのつまんないと、いきおい不満顔になった彼こそは、宴の会場内でいつの間にやら 鬼ごっこだか隠れんぼだかの“追われ役”にされてしまった、無邪気な王子様に他ならず。くりくりした大きな瞳は黒みが潤んでの相変わらずに愛らしく、小さめの鼻条にすべらかな頬はふわふかで。ぶかぶかだった制帽が、小さな顎を上げて仰向いた拍子に背後へぱたんと落っこちて、まとまりの悪い黒髪がふさんと現れ、あああ、アンバランスな扮装なのが妙に可愛らしいじゃあありませんか、王子様。

 “あんな宣言なくたって、この恰好で見つかってたら…それはそれで危険かもな。”

 そうと思ってしまったところの自分が、だったらどういう心持ちを彼へお持ちかには、今はそれどころじゃあないので深くこだわらなかった護衛官の彼はゾロといい。砂漠の戦地で傭兵部隊のエースとして辣腕ふるっていたところをスカウトされて、こんなのんびりした国へ来てしまい、そんな彼だからこそ取れた捨て身の手段にて、後にも先にもあれが最大最悪な事態を見事乗り切ったお話は、始まりのところでご紹介しているのでそちらをお読みいただくとして。
(おいおい)

 「ともかく。」

 細かいところは後で仕掛け人の奴らに訊きゃあいいからと、落とした帽子を拾い上げるとそれでお顔を隠してやって。
「今、会場内はお前を探す“隠れんぼ”状態になってるから。ロイヤルポジションにセットされてるマイクに向けて、タイムアップーとか何とか言って、自分から出てけば何とか場も収まろうよ。」
「何だよそれ、そんな面白れぇことに出来たんなら、最初っから…。」
 そうすりゃ良かったのにと続けかかったご本人様へ、面白い運びなんかじゃあないんだってばと。此処にナミさんサンジさんが居たなら、絶対そうと突っ込んだだろうと。そこはゾロにもあっさりと思いが至りつつも、人目につかずに戻れるルート、つまりはそこをたどって此処までを出て来たバックヤードへの地味なドアへと向かいかかった二人だったのだけれども。

 「そいつぁ、ルフィ王子じゃねぇのか?」

 どこか抑揚のおかしな呼びかけの声。はっとしたゾロが、小さな王子を自分の背後へと引っ張り込む。声の主は随分と上背のある男で、中年とまではいかない年頃の欧州系白人。そこまでは何とか判ったが、よく見かける型のスーツ姿なので、侍従として紛れ込んだクチか、それともいづれかの招待客の連れなのか。表面上は、

 「お客様、こちらは準備の者が行き来する裏方でございます。」

 どうか会場へお戻りをと無難な言い訳をしたゾロだったが、声が堅いし、両の手を微妙に開いての、どうとでも動けるような態勢に入っており。そして…、

 「…。」

 この流れに息を飲み、壁のような広い背中にしがみついたルフィでもあって。人から庇われるのなんて本当は本意じゃあないけれど、自分のこの身は自分だけのものじゃあないと知っている。何かあったら心配する人がいるとか、護衛する担当がいるのだから任せなさいとか、そういう意味合い以上のこと。自分が害されれば国までも、危機管理に関してのみならず他の様々なものへまで、雑で信用がおけないと、質や価値が問われかねないと知っている。そういった混乱に乗じての、余計な騒動だって起きかねないと知っている。だから…歯痒いことだが護られる立場へも甘んじないといけないと、こういう場面を幾つも幾つもくぐり抜けりことで身につけた。

 「どけよっ。こんな馬鹿騒ぎなんざ、一気に辞めさせてやろうって言ってんだ。」

 不安定な抑揚の英語なのは、突貫で学んだ、つまりは母国語じゃあないからだろうが。そんな勉強家にしちゃあ こうまで揮発性の高いのが、よくもここまで入り込めたなと、その背景に何かありそうだという目星をちらと付けつつも。ご本人の気の昂ぶりの方に集中しての、いよいよの戦闘態勢へと身の構えようを切り替えたゾロであり。鋼のような肢体が鋭気をはらんでの一回り大きくなったように見え、そのくせ、腰に差してた特殊警棒を引き抜く所作はゆったりとしたもの。その仕草の陰でこそりとジャケットの前ボタンを外し、それら一連の動作の間中、向かい合う相手をじっと見据え続けている。気圧
(けお)されてなんかいないのは当然だったし、ともすりゃあそれ以上に、視線だけで相手を威圧し切ってもおり。若く見えてもこちらは歴戦の勇者、恐らくは踏んだ場数もゾロの方が断然上だろう。…と、

 「護衛か? 退いとけよ。
  国王や皇太子ならともかくも、
  そんなガキのために命落としちゃあつまんねぇだろ?」

 その“ガキ”を狙ってるらしい卑怯もんは何処のどどいつだかと、これがサンジだったら減らず口の1つも叩くところだなと。根っこから盤石な思想や思考があって動いてるんじゃあない、どうやら実行犯でしかない輩の短絡さに、ついのこととて苦笑が洩れる。手っ取り早い言い方で“ああなんだ、やっぱり鉄砲弾か”と、相手のレベルを把握したところで、さて。

 「退けっつってんだろうがよっっ!」

 自分の行動にも興奮していたか、大声張り上げながら懐ろから掴み出した拳銃も予測のうちであったのか、

 「…っ。」

 見たと同時、いやさ…手が懐ろから出切る前に、既にその身が動いてた。切れのいい動作でまずは大きめの一歩を踏み出し、ぐんと相手の間合いの中へ飛び込んでおり。そのような思いがけない行動にぎょっとした相手の視線が、だからこそ自分へと釘付けになっているのを確かめながら。向背に匿っていたルフィをそのままに、片腕だけぶんっと真上へかち上げるように跳ね上げれば。

 「うおっ!」

 いきなりの、しかもかなり強烈な衝撃が手を襲ったことへ、それでなくとも十分に構える直前の不安定な手元が耐え切れなかったらしく。ジャケットの縁へどこをか引っかけかかったか、無様にも銃を取り落としかけたほど。そんなまで握りようが甘くなっていたもの、手をぶんっと上へ弾かれたらどうなるかは明らかで。頭上へまでと跳ね上がった武骨な掌の中で泳いだ重たげな装備は、ぐるんと躍ると後方へ、肩の向こうへと落ちかかり、
「わっ。」
 それへと焦ったものの、体の連動が追いつかぬままな男の、たかだか上がった肘の下、二の腕の裏がこちらへ向いてあらわになったのへ。胸の前面がすっかり無防備となったと見て取ると、

 「哈っ。」

 勇ましい気勢を乗せたよな声を上げはしたが、さほどに必殺の技をと構えちゃあいない。何せ、続いて踏み出した足で、相手の足の甲をぎゅむと思い切り踏み付けて、そこから動けぬようにと縫い止めており。そんなして狙いを定めやすくした上で、繰り出したは顎への掌打一閃。こめかみにつながっている部位なので、ただ単に顔を殴られた以上の衝撃が頭に達しているだろし、顎が上がるということは視線も大きく揺らぐ。人間は五感のうち視覚に一番頼っているので、視覚的な衝撃は思うより大きく心に届いて効果があり、

 「あがぁあ…っ!」

 痛さより驚きに足元掬われたらしい、何とも素っ頓狂な大声を上げたところで、ずでんどうと真後ろへ反っくり返ったそのまま倒れ込んだ暴漢は、尻餅ついたところから素早く上体を起こしたまでは敏捷だったものの、

 「あ、あ…。」

 軽いパニックに陥ったのだろう、次に何をすればいいのかと、あたふたと視線を泳がせている始末。そんなところへ、さすがに…怒号や乱闘の気配は判りやすかったものだろか。周縁へ配置されていた護衛官らが殺到し、

 「何をしているっ!」
 「あ、ロロノア殿っ!」
 「殿下、ご無事でっ。」

 へたり込んでいた賊をあっと言う間に取り囲んでの撤収へと運び、そんな陣営の去った後に、まるで魔法で現れたかのように取り残された王子と護衛官殿だけが立っていたバックヤードへは、

 「…さぁて、お二人さん。」
 「大脱走はここまでだ。こっからは罰ゲームと行こうじゃねぇの、」
 「サンジ、顔が怖いぞ? 怒ってるみたいに見える。」
 「怒ってんだよ、これはなっ。」


  そんなやり取りのお声が響いての……お後がよろしいようで〜〜〜♪






  ◇  ◇  ◇



 結局のところ、局部的ながら…これ以上はないサプライズに見舞われた格好となった宴となってしまったが、

 『…ルフィ王子を見つけたのは、どうやらこの護衛官が先だったようですね。』
 『そうみたいですね。ご来賓の皆様、ちょっと出遅れなさったかなぁ?』

 ロイヤルスポットへと戻ったこと、報告するための…いかにも白々しい言いようを重ねた第二王子のお傍衆らの取り繕いへ、すかさずの拍手をして下さったのが、

 『残念ですわ、私こそルフィさんを真っ先に見つけたかったのに。』

 ルフィとは幼なじみの、隣国のビビ王女であり。にこやかに微笑っての拍手を送る彼女につられ、どうせ見物していただけという層の方々が、何だやっとゲームセットかと拍手を始められ。そうなれば他の方々も従わざるを得なかったものか、妙にほのぼのとした拍手の輪が出来て、

 『そ、それじゃあ、新しいアトラクションを始めましょうか。』
 『各国からお越しの歌姫たちが、
  庭園の特設ステージにて、夢のコラボをご披露して下さいますよ。』

 場を移すことで“このお話はもう終しまい”との鳧をもつけての終幕と運んだところは、なかなかにお見事。時間にしたところでほんの20分強ほどという空白だったので、宴全体の華々しさの中、あっと言う間に忘れ去られるに違いなく、


  「大体さ、ウチであーいう騒ぎ起こしても、無駄だってのにな。」


 にぎわい去って、夢のあと。どんなにお行儀のいい方ばかりの集まりだとて、人が寄ればそれなりに、埃も立てばゴミも出て。会場となった庭園の撤収班に入り混じり、渡されたビニール袋(城下に配布されている一般家庭用燃えるごみ回収用40リットルタイプ)を一杯にしなさいという罰を何とか終えた、相変わらずに扱いは小学生並みな域を抜けない王子様。そのままシャワー室へと直行させられ、ロクに拭かない頭のまんまのインナー姿で出て来たところを、こちらさんは“後の見張りを今度こそよろしく”と、反省会への出席に急いでた隋臣長から念を押された特別護衛官殿から、大きめのバスタオルでくるみ込まれて。
「うにぃ〜〜〜。」
「おら、大人しくせんか。」
 わしわしと力任せに髪を拭われるのはともかく、ついでに頭を撹拌されるのがキツイので、
「ゾロ、ゾロ。ギブだ、タンマだ。」
 ぺしぺしと、顔の回りにぐるり回されてた腕のどこかを盲滅法に叩いてのストップをかければ、何とか止まっては下さるが、
「ああ"? そんな荒いか?」
「首が折れたらどうしてくれる。」
 自覚のない馬鹿力はこれだから困ると、口許を尖らせるルフィへと、

 “…自覚がねぇのはお互い様だ。”

 奔放という名の下に、無邪気な振る舞いしたおす王子の、あんまりにも愛らしい所作の数々が、ここんとこ心臓に悪いと…妙な間合いでばかり感じつつある誰かさん。それを誤魔化す意味もあり、さりとて今度は手加減してやっての髪をもしゃもしゃと拭ってやりつつ、

 「で? 騒ぎ起こしても無駄ってのはどういうこった?」
 「ん〜、だってよぉ。ゾロがむちゃくちゃ強ぇーからサ。」

 どーせすぐに取っ捕まるし、それに…これはナミが言ってたんだけどと前おいて、

 「何か起きたところで、誰も外へは言い触らさないから意味がないのにねって。」
 「ふ〜ん?」

 端的すぎてか意味が飲み込めないらしいお返事が聞こえ、あ、俺と同じ反応だと、タオルの陰で王子様がうくくと笑った。

 「だからさ、そういう騒ぎが起きたって報道されたとして、
  そん時に“こんなお呑気な国の宴の席に居たこと”が公けになったら、
  立場上やばい人ってのが、必ず一人か二人は居ようから、
  そっちからの圧力がかかって大袈裟にはならない…んだって。」
 「ほほお。」

 小難しい理屈、その身へ染まされ済みだったらしい王子だけれど。そんな“保証”を手放しで喜んではいないらしい口調だと、そこは常に身近にいる身で、サンジらほどじゃあないがその付き合いから判ってもいるゾロであり。

 「…日々の生活にさえ困ってる人もいるってのに、
  お前らちゃらちゃらと何してやがるって感じて、
  それで腹立ててたんだろな、あいつ。」

 慣れない外国語に社交マナーにと、あんな場へ潜入するための色々を身につけて、ぎりぎりまで冷静でいられたんだろうにさ。贅沢しやがってとかムカッて来て、もともと抱えてた憤懣に い〜っぱい火が点いちまって。どんな思想でも、そういうのって まずは大声で怒鳴らねぇと、誰もこっち向いて真剣に聞こうとしてくれねぇからってことで、派手なことをしちまうんだろうけれどもさ…と。訥々と紡ぐ王子様だったが、その手がタオルを引っ張っての下げて。その真ん中からお顔を出しての真っ直ぐこちらを向くと、

 「でも、テロはいかんよな?」
 「ま〜な。」

 誰ぞを殺してその屍を掲げて、ほらほらこっち向けなんてのは、サイテーだ。口にした王子自身もムカムカしてきたか、目許の鋭さが…お忍びで自分をスカウトしに来た皇太子殿下の強かそうだった表情とどこか重なる。くっきりと判りやすい雄々しさとか、ごつっとした荒々しさは薄いが、それでも精悍で鋭角な凄みをまとってたエースの頼もしさは。国を背負うことへの気負いを持たない、十分すぎる余裕から立ってたそれだったから、

 “…ルフィにはまだちょっと早いかな?”

 純粋に、憤懣から発している気迫では、まだまだ根は浅いなと苦笑をしつつ、それでも…こういうことへだって真剣真摯に思考が向いてる彼なのは悪いことではないと。

 “…いかんな。”

 サンジやナミと同じような考え方が、知らずその身へ刷り込まれつつある。腕白な王子の成長が嬉しくって仕方がないと、彼が何もかもへの物差しになりつつあるのへと気がついて。自分くらいは冷静でいないと不味いんじゃあと、どこか複雑な想いを抱えてる護衛官殿だったりし。


  ―― ゾロ? どした?
      あ、いやいや。何でもねぇ。
      そぉかぁ?
      そんなことより…ナミから言われてんだろが。


 今宵の招待客からいただいてた挨拶状への返事、とっとと考えなと話題を無理からねじ曲げて。途端に、宿題しなさいと言われた小学生のよに“え〜?”が飛び出したことへ安堵した辺りは、所謂 大人の身勝手なのかもしんなくて。

 “…大人、ねぇ。”

 子供扱いしている対象の見せる、愛らしい所作や表情のみならず成長っぷりにまで、いちいち挙動不審になってりゃ世話はない。見守る余裕にどんどんと追いつかれ、一緒に育って行きましょうというレベルまで いよいよ並ばれたかなと、気がつける余裕をこそ、早く身につけて下さいませねと。どこか明るい藍の滲む、真っ暗じゃあない夏の夜空に浮かぶ月から、微笑ましげに見下ろされてた皆様だったりしたそうです。





  〜Fine〜  08.8.25.〜8.26.

  *カウンター289、000hit リクエスト
     ひゃっくり様 『王子ルフィ設定で、忙しい皆様の夏休み』


  *どこが“夏休み”なんだかという話はこびになってすいません。
   荒ごとを片付けて、
   さあ当分は暇だ〜〜っというのを最初は考えていたのですが、
   その荒ごとを書くのに暇がかかり過ぎ、
   しかも…この人たちってどういうのが“休み”なんだろ?と、
   思考がストップしちゃいましてね。
   (リゾート地にお住まいの方々って、何にもしないのが骨やすみなんじゃあ?)
   せちがらい人間には何にも思い浮かばずの玉砕です、すいません。
   それと、他のお話の傾向が活劇からもぷんぷんしてそうで、
   (足を踏み付けるなんて、慣れのない人からすりゃあ卑怯な手口でしょうか?)
   そこんところも含めてごめんなさいです。
(苦笑)
  

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